Tuesday, May 01, 2007

2児拉致した女性

「妹は北朝鮮に洗脳された」…2児拉致、容疑者の兄語る
拉致問題
 埼玉県上福岡市(現ふじみ野市)の渡辺秀子さん(当時32歳)の2児が北朝鮮に拉致された事件で、国外移送目的拐取容疑で国際手配された「洪寿恵(ホン・スヘ)」こと木下陽子容疑者(59)の兄(69)が読売新聞の取材に応じ、「あいつは北朝鮮に洗脳されてしまった」と涙を浮かべて訴えた。

 少女時代、ペンフレンドと文通し、琴をたしなみ、聖書を手放さなかった木下容疑者。白髪の兄は、半世紀前のふっくらした妹の面影と、冷徹に拉致を実行した「女工作員」とされる自身の知らない側面のギャップに悩む心情を吐露した。

 雄大な八ヶ岳連峰を見渡せる長野県内の小さな町で、木下容疑者は在日朝鮮人2世として生まれ育った。10歳も年齢が離れた兄とは2人きょうだい。「オレがビー玉やメンコを教えた。男の子の遊びをして育てた。おんぶをして、自分の子どものようにかわいがった」。兄は遠くを見ながらつぶやいた。

 中学に入った木下容疑者は琴を習い始め、同じころ、キリスト教の信仰にも熱を入れた。毎週日曜日には、10キロ離れた教会まで一人で出かけた。成績も優秀で、地区で一番の高校へ進学。得意な英語を生かし、豪州のペンフレンドと頻繁に手紙を交わしていたという。

 東京の私立大へ進学が決まったが、実家は裕福ではなかった。すると、地元の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)から「奨学金を出します」と誘いがあった。木下容疑者の一家は、それまで朝鮮総連とはかかわりをもたずに生活してきた。しかし、長女が東京で苦労せずに生活できるよう、奨学金を受けることにした。

 「それからあいつは洗脳されてしまった」。兄が振り返るように、上京すると木下容疑者の生活は一変した。在日朝鮮人の学生でつくる「在日本朝鮮留学生同盟中央本部」(留学同)の仲間と親交を深め、朝鮮総連からのあっせんで、関連企業でアルバイトをするようになった。夏休み、正月とも一度も実家には戻ってこなかった。

 大学中退後、朝鮮総連の第1副議長(当時)が設立した貿易会社「ユニバース・トレイディング」(東京都品川区)に就職、若くして幹部に抜てきされた。警視庁の調べでは、その後、木下容疑者は工作員グループの幹部になり、2児を監禁し、工作船で北朝鮮に拉致するよう指示したとされる。

 兄には忘れられないことがある。ユニ社が活動停止した翌79年春、木下容疑者が当時の夫(60)とともに実家を訪れ、「お金を貸してほしい」と頭を下げた。以前はふっくらとしていた妹が、げっそりとやせていた。

 「もう東京はいいだろう。英文科にいたんだから、こっちで塾でも開いたらどうだ」。父親(故人)がそう語りかけると、木下容疑者は大きく心を動かされた様子だったという。

 しかし、結局、実家には1泊しただけ。その直後、木下容疑者は北朝鮮に渡り、生涯を「工作員」として過ごすことになった。

 「オレにとってはかけがえのない妹。生きているうちにもう一度、会いたい」。兄は目の前に妹がいるように語りかけ、諭すように言葉を継いだ。「すべての罪を償って謝れ。刑に服してまた一緒に生活しようじゃないか」と。

 山を一つ越えると、桜の名所がある。その桜をイメージしてか、木下容疑者は琴で「さくらさくら」を奏でたという。上京する際に持っていった琴は、今どこにあるのか分からない。


YOMIURIより
 何を、そんな北朝鮮が良かったんだろねっ。

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